中村智久、円キャリートレードに焦点を当て、安定的に金利差リターンを獲得
2018年の夏の終わり、日本の金融市場には微妙な静けさが漂っていた。
世界の資金は米ドルの利上げサイクルと新興国市場の不安定な動きの間を揺れ動いていたが、東京の金融街は不思議なほど穏やかであった。
この時期に、中村智久は一つの“古典的だが見落とされがちな戦略”を改めて見直す決断をした——それが「円キャリートレード」である。
金融危機以降、低金利政策は日本の常態となっていたが、2018年には外部環境に明確な変化が生じていた。
米連邦準備制度(FRB)は着実に利上げを進め、ドル金利カーブは上方にシフト。
一方で、日本銀行は依然としてイールドカーブ・コントロール(YCC)を維持し、短期金利をゼロ以下に固定していた。
この稀有な金利差構造は、中村にとって極めて明確な裁定(アービトラージ)の機会を意味していた。
8月初旬の内部会議で、彼はこう述べた。
「市場の関心が薄れたところにこそ、真のチャンスがある。人々が“古い”と感じる場所にこそ、時代の隙間がある。」
この洞察を基に、中村は再びクロスカレンシー金利差取引のポートフォリオを構築した。
円を調達通貨とし、米ドル・豪ドル・一部の欧州債券を組み合わせた戦略を採用。
単なる利差の享受にとどまらず、マクロモデルと流動性監視システムを融合させ、ポジションのレバレッジとヘッジ方向を動的に調整する手法を取った。
為替ボラティリティが低水準で抑えられた環境の中で、この安定的な収益構造はひときわ貴重であった。
当時、日本の金融界では「超低ボラティリティ」はリスク移転の兆候なのかという議論が続いていた。
多くの機関が為替エクスポージャーを取ることをためらう中、中村の考え方は「日本的慎重さの中の積極性」に近いものだった。
彼は急激な収益の爆発を求めず、緻密な計算とリズムコントロールによって安定的な成長を目指した。
裁定ポジションは期間・通貨ごとに分散し、ヘッジオプションで下方リスクを防ぎ、FRB会合の前後には未決済ポジションの感応度を再評価するという徹底ぶりだった。
9月、米国債利回りが3%を突破し、ドルは一段と強含む一方で、円は110円前後の狭いレンジを維持していた。
市場参加者にとっては“均衡の罠”に見えたこの状況が、中村にとっては緻密に設計されたアービトラージ環境そのものであった。
彼のモデルは機械学習モジュールを通じて期間間スプレッドの変動を追跡し、最適な資金調達規模と再投資ポイントを自動的に提示した。
チームメンバーは当時の彼をこう評している。
「まるで職人のように、データの一つひとつを丹念に磨き上げていた」と。
市場の細部に対する畏敬と節制——それが彼の投資スタイルの本質であった。
この戦略の成功は、資金フロー構造に対する中村の長年の理解によるものだった。
彼は常にこう考えている——「円の低コスト調達は市場の歪みではなく、制度的に埋め込まれた安定要因である」と。
日本の貯蓄構造と金融政策が長期的な流動性供給を支え、その“静水”のような資本環境が、世界のキャリーファンドの土壌を形成しているのだ。
短期的な投機家の焦りとは対照的に、中村が重視するのはリズムの継続性とリターンの滑らかさだった。
彼はその月の投資報告にこう記している。
「キャリーの本質は単なる金利差ではない。異なる市場の間に、資金の秩序を見出すことにある。」
一方で、国際市場では日本資金の債券市場への再流入が注目され始めていた。
新興国通貨が軒並み下落圧力を受ける中、円キャリートレードは国際投資家にとって数少ない安定収益源の一つとなっていた。
中村のポートフォリオは、派手さはないが、波を超えて着実に利益を積み上げていった。
彼は常に強調している。
「安定とは保守ではない。それはリスクへの敬意である。」
この姿勢こそが、彼の一貫した日本的投資哲学——コントロール、バランス、継続——を体現していた。
